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任期も残り僅か

東日本大震災から、2年が過ぎます
時の経つのは早いです


「宮城県商工会青年部連合会副会長をやってくれないか?」
こう、M先輩から話をされたのは、3.11の一ヶ月ほど前だったか
俺)「え?オレっすか?いやいや無理っすよ!」
M先輩)「大崎の尾出が会長やるからサポートしてやてくれ。お前のイケイケで事務局主導にツッコミいれてくれ。お前なら出来る!」

もともと、持ち上げられると調子に乗る性分の俺
俺)「わかりました、やってみます」と軽い気持ちで受けてしまった

3.11東日本大震災の発生は、この軽い気持ちを一蹴させました

5月の県総会で新理事体制が確定し
尾出会長始めとした県理事達は、未曾有の大震災による甚大な被害のもと、大きな不安を抱えながら、何が出来るのか?を想い手探りの始動となりました
・補助金の完全ストップによる活動の制限
・津波被災の沿岸部商工会へのダメージ
・単会・ブロック間の連携不足
などから、どの様に県青連の運営を進めて行くか熱く話し合いました

全国の多くの仲間が、多くの支援の手を差し伸べてくれたおかげで
財政難による活動の制限は、最小限の活動は出来る事になり
沿岸部商工会への支援も可能となった
危機的状況であるからこそ、単会・ブロック間の結束も強まった

全国の皆様、本当にありがとうございます。


ただ、2011年は震災対応に追われ、商工会組織としての活動は無いに等しい1年を過ごした

2012年に入っても、先の見えない復興状況の中、そんな時、尾出会長の一言
「こんな時だからこそ、攻めようよ!我々で動こうよ!」

尾出政権2年目のスローガン
『攻める宮城!』
を掲げ、三大事業を打ち立てた

1、県青連HPの立上げによる、情報の発信
2、沿岸部商工会地域への視察受入れ体制の構築「そうだ宮城へ行こう」
3、県青連による統一事業の開催「復興祭」

各事業ごとに責任者を置き、復興を待つのではなく攻める体制を構築、理事一堂が一つとなり実行した

1は増田副会長を中心とし、HPを早期に開設をする事が出来た
2は石巻かほく部長である、小松理事を中心に沿岸部商工会を纏め上げ、受入れ体制を整備した
3は俺を中心に、全県青年部を集結する、復興祭2012を開催した

詳しい内容は、宮城県青連HPを見てください


この2年は、俺にとって激動の2年で有り
心境に大きな変化をもたらした2年です
大人としても、一経営者としても大きく成長出来た2年間です

何が出来るのか?で始まりましたが
今は、何か出来ただろうか? 何か残せただろうか?

その答えは、数年後の青年部が見せてくれる事でしょう

俺の青年部は40歳を迎えた今年で終了となる為、4月には賛助となります
正直、もう少し理事・役員を続けたいと思う気持で一杯ですが…

残りの任期をしっかりと勤め上げ
来期の理事・部員がやり易い環境を残せるよう、動いてみようと思う


























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プロフィール

菅原裕行

Author:菅原裕行
宮城県商工会青年部連合会震災復興AD(相談役)菅原です。
宮城の中心、黒川郡大和町にて、中華料理供味と言う中華料理店を営んでおります。
商工会青年部を卒業し、賛助部員として若い世代へ何かを伝え残せればと、日々悶々としております。

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